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SammysーWebインタビュー①

SammysーWebインタビュー

~至高の先~

岡貞光氏×Sammys

北海道のハンドメイドルアーの先駆者的存在の岡氏との対談インタビュー

「北海道のハンドメイド文化って本当に素晴らしいよね。こんな地域おそらくないよね。(岡)」

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Sー北海道のハンドメイドメーカーは10数社以上ありますが、

     皆さんがおそらく背中を見て、目標にされてこられたのが岡さんと思いますが・・

岡ー「僕は30過ぎから釣りを始めて、どちらかというと遅咲きの方なんだよね。

   小さい時から釣りに馴染みがあるとかじゃないんだけど、ルアーフィッシングに夢中になってね。」

 

Sー釣りを始めるきっかけは海アメマスだったそうですね。

岡ー「そう。とてもきれいな魚で僕も釣って見たいなあと思ったのがきっかけ。それで冬の島牧に通い始めた。

   その当時の自分の仕事は冬場に休みを取りやすい環境で。当時、1989年頃はバブル

         崩壊の直前。でも、北海道はまだその余波は感じられず、景気も良くてね。

   冬に休みを取って長期的に滞在して釣りをする人もいたりで、その中に釣りの名人といわれる人がいて、

   その人から直に釣りのイロハを教えてもらった。」

 

Sー道具も一から揃えられたのですか。

岡ー「最初だから全然判らない。だから僕は雑誌を指差して、この魚(海アメマス)を釣りたいので、

   必要な道具教えて下さいって、当時自分が住んでいた近くにあったフィッシュランドに掛け込んだ(笑)」

 岡クラフト 岡貞光氏①

 (1990年頃の岡氏。端正なお顔立ちでも知られていたようです。)

 

Sー初心者で始められたのにタイトルも沢山取られていて…すごいですね。

岡ー「釣具屋さんや先輩方が親切に教えてくれてね、ありがたいよね。(島牧の)海アメマスダービーで

   1996年にルアー部門で初めて1位になったのが一番うれしかった。初心者の頃は何が何だかよく判らず

   釣りに夢中になっていたけど、今思うと、そのころが一番楽しかったような気もする。

   島牧には30代から40代にかけて約17年間ビッチリ通い詰めて、今でも故郷のように思っているよ。

   その後、道南や色々なフィールドに通うようになっていったけど、北海道は広くてどこも魅力的だよね。」

 

Sールアー作りはいつ頃から始められたのですか?

岡ー「島牧に通い始めてから2年後くらいかな。釣りって道具も結構(お金が)かかるでしょ。

   僕は美術学校を出ていたせいもあるけど、元々作ることには抵抗がなかったし、作ってみようかなって。

   初めは気楽な感じで始めたよ。 当時ジグミノーをハンドメイドで作っている人はいたけど、ジグはいなくて・・・。

   島牧のフィールドの中で思ったことは、ジグこそ、鉛こそハンドメイドの可能性があると強く感じたのだよね。

 岡クラフト 岡貞光氏②

  (2000年頃の岡氏。フィールドへ何度も通われた愛車との貴重なお写真です。)

 

Sー佐藤(Sammysビルダー)がルアー作りを開始したのは2003年。

     その当時でもハンドメイドはまだまだ手探りで、素材を集めること

      から始めて一苦労だったと言っていましたから、それより10年以上前から開始された岡さんはさらに大変だったかと・・・。

岡ー「そうだね。何もかも探すところから始まるよね。そもそもルアーの原型をどう作るのかから始まって、

   流し込む型はどうするのか、塗装やコーティングはどうするのか全然分からなくてね。

        稔君(Sammysビルダー)もそうだったと思うけど、とにかく手当たり次第試して色々作ってみたよね。

   作っては使ってみて、周りの人達にも使ってもらいアドバイスをいただいたりして、試作のジグで魚が掛るとうれしくてね。

   ルアーフィッシングの世界は人もフィールドも何もかも魅力的でドップリはまったよね。

   ジグ作りは色々苦労もしたけど、今となってはそれもいい思い出だよ。」

 

Sー沢山のご経験と多くの出逢いですね。

岡ー「稔君40代でしょ。(僕は今60歳だけど)僕の歳くらいまでの20年って体力も気力もあるし、色々な人との出逢いの連続で、

   自分がやりたいって思ったことは何でも出来ると思える、最も充実した時代だよね。

   僕は40代の始めに(釣りの帰る道で)大きな事故をして命拾いしたから余計そんな風に感じるけど、

   稔君たち40代がこれからの北海道のフイッシングシーンを引っ張っていくと思う。

   ノースアングラーズの平澤君(編集長)あたりも40代でしょ、若いみんなで盛り上げて。」

岡ー「北海道にはすばらしいフィールドとアングラー達が沢山いて、ハンドメイドが活発で、クオリティが高くて、

  ビルダーとアングラーが一体となって、これほどの活況を呈してる状況はこれまで無かったことだし、

  これからがますます楽しみだよね。」

 

岡ー「それと、僕が言うのも何だけど体調管理は大事だね。食べ物の好き嫌いや太り過ぎ、車の運転注意だよ、ホント」

 


語り手<岡 貞光氏>

1990年頃より島牧村の海アメマス釣りに通い始め、釣りをしながらハンドメイドでジグを作り始める。90年代半ばより個人的にハンドメイドジグの販売、ジグブランクの販売行う。島牧村アメマスダービーには第1回から参加。1996年、2000年及び2007年に島牧村アメマスダービーでルアー部門1位。2002年、ノビーズブルー社から「岡ジグ」を販売。2006年、岡クラフトとして海アメ・海サクラ用ジグAT30の販売を始める。その後、LTシリーズやソルトフラッパー等をリリース、現在に至る。

 

聴き手<サミーズMeg>

Sammys業務スタッフとして日々奔走。今回は2016年10月2日(日)余市町ホームセンターラッキー様のイベントブースでお逢いした岡氏との立ち話をピックアップさせて頂きました。

 

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